映画『教皇選挙』考察|教皇名・指輪・派閥を超えた選出のリアルと象徴性

特集

本編で語られない要素

前編では、密室で繰り広げられる投票劇「コンクラーベ」を通して、
揺れ動く信仰と人間関係の駆け引き、そして
ローレンス枢機卿の葛藤やアグネスの沈黙など
“神を語らないことで描く”緊張感と人間味に注目した。

後編では視点を少し変えて、
この映画に込められた 制度・象徴・現実とのリンクを深掘りしていく。

  • 漁師の指輪という伝統と、その破壊の儀式。
  • 教皇名が意味する使命と精神性。
  • 派閥のない人物が選ばれるという展開は現実にも起こり得るのか?
  • 現実世界における教皇選挙の影響
  • ローレンス主席枢機卿の名前の由来など

静かな信仰の世界に潜む、大きな問いを紐解いていきたい。

“漁師の指輪”─継承と断絶の象徴

  • 初代教皇ペトロが漁師だったことに由来
  • 指輪にはペトロの姿が刻まれ、教皇の“印章”として使われる
  • 教皇が帰天した後、指輪は必ず破壊される

これは「前の時代の終わり」を象徴する儀式であり
専用の器具がある事自体にローマ教皇の権威性を感じると同時に
映画でも、この指輪の破壊が“ある時代の終焉”として描かれる。

フランシスコ教皇の漁夫の指輪

教皇名という“意志の名乗り”

教皇に選出された者は、自らの使命や信念を象徴する名前(教皇名)を選ぶ。
これは神への宣誓であり、自身の未来像でもある──

◇ ローレンス枢機卿の教皇名:ヨハネ(Johannes)

  • 意味:「神は恵み深い」
  • 歴代最多の使用回数
  • 洗礼者・福音記者どちらの意味もあり、調和と寛容の象徴
  • ヨハネ23世は第二バチカン公会議を率いた“改革教皇”

ローレンスがこの名を心に秘めていたという演出は、
「信仰に忠実な理想の指導者像」を彼が追い求めていたことの証でもある。

◇ ベニテス枢機卿の教皇名:インノケンティウス(Innocentius)

  • 意味:「無垢・潔白」
  • ラテン語由来、13人の歴代教皇が使用
  • 本作では“先入観を持たずに世界と向き合う者”として名付けられる

ベニテスの生き方と境遇、そしてコンクラーヴェで見せた姿勢すべてが
この名前にふさわしかったと感じさせる。

ベニテスが選ばれる事態はあり得るのか?

ニテスのように派閥を持たず、知名度も低い人物が選ばれる──
一見すると映画的演出に思えるけど、実際のコンクラーヴェでも前例がある

たとえば、第266代教皇フランシスコは
南米アルゼンチン出身で、当時の有力候補には名前がほとんど挙がっていなかった存在だった。
彼が選ばれた背景には、信頼・謙虚さ・改革志向が評価されたという意見もある。

つまり、「予想外の人物が選ばれる」ことは実際に起こる。
むしろ、現代のバチカンでは
多様性や公平性、清廉な人間性を重視する気運が高まっており
派閥から距離を置いた人物に注目が集まりやすい土壌ができているという見方が出来る。

現実のアメリカ社会と“教皇の影響力”

映画では明確に描かれないが
教皇の選出が持つ影響力は宗教にとどまらない。

  • アメリカ国民の約22%(およそ6950万人)がカトリック信徒
  • 連邦最高裁判事9名中6名がカトリック
  • 教皇の姿勢によって、中絶や同性婚、移民政策などに関する世論や法的判断への波及もある

◇ アメリカのカトリック信徒は約22%

現在、アメリカ国民の約22%(約6950万人)がカトリック信徒とされている。
これはプロテスタントに次ぐ規模であり
ヒスパニック系移民の増加により今後も増加傾向にあると見られている。

◇ 最高裁判事9人中6人がカトリック

アメリカ連邦最高裁判所の判事9人のうち
6人がカトリック信徒で構成されている。
これは人口比を大きく上回る割合であり
司法判断における宗教的価値観の影響が注目される要因の一つでもある。

◇ 教皇とアメリカ大統領の関係性

前教皇フランシスコはバイデン元大統領と親交が深く
トランプ現大統領とは関係が良好とは言えなかったという報道もある。
このように、教皇の発言や姿勢がアメリカの政権運営や外交姿勢に影響を与えることも少なくない。
特に中絶・同性婚・移民政策など、宗教的価値観が問われるテーマでは
教皇のスタンスが間接的に世論や政策に波及する。

つまり、教皇選出は宗教上の出来事でありながら
政治・外交・社会制度にも間接的な影響を及ぼす“グローバルイベント”**とも言える。

2024年時点のアメリカ最高裁判事たち

主人公の名前に込められた“信仰と疑念の共存”

主人公の名はトマス・ローレンス
この名前には、カトリック的にも象徴的な意味が込められている。

◇ トマス──“疑い深き信徒”の象徴

  • 新約聖書に登場する使徒トマスは、復活したイエスを目の前にしても信じられず、「この手で傷に触れなければ信じない」と言ったことで知られる
  • その後、イエスに触れたことで信仰を深め、「疑い深いトマス」として語り継がれる存在に

ローレンスもまた、信仰に忠実でありながら
制度や人間の不完全さに揺れる人物として描かれており
この名は彼の“信じたいけれど迷う”姿勢を象徴している

◇ ローレンス──“殉教者の名”と“静かな炎”

  • 聖ローレンス(ラウレンティウス)は3世紀に殉教したキリスト教の聖人
  • ローマ皇帝に財産を差し出すよう命じられた際、「教会の財産は貧者である」と言い、貧しい人々を皇帝の前に連れてきた逸話がある
  • 最後は火あぶりにされながらも、「こちら側は焼けた、裏返してくれ」と言ったとされるユーモアと信念の持ち主

ローレンス枢機卿の誠実さと、静かに燃えるような信仰心
この名に重なる部分が多い

この「トマス・ローレンス」という名は、
“疑念を抱えながらも信じようとする者”と、“信仰のために静かに燃える者”という
本作のテーマそのものを体現したような名前だ

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